知識階級の差別

 

 知識階級の差別には現在二つのものがあると思われます。一つは大学出と中卒者と云われるもの、どちらがより高位の学問分野まで行っているか。あるいはどちらが名門校出身者か等によるものと、もう一つは本物の知識人が非知識人を差別するものとであります。

 私はこのどちらの差別をも否定するべきだと考えます。前者の差別はまず高学歴者がそうでない人々の搾取の上に成り立っているもので、高学暦者は恥こそすれ自慢のできる立場には無いはずであります。そして高位の学校まで行ったからと云って、そんな事が何か特別の価値があるものではありません。

 後者の差別については差別する方には一つの理屈は成り立つでありましょう、我々には知識があるのだから当然賢く、馬鹿どもの事など知ったことかと云う論理であります。しかし私はこの知識人達の差別を、あるいは差別意識を認めません。知識がある事など人間にとって何の価値もありはしません。人間にとって本当に価値があり尊いことは、人間にはプラス・マイナスは無いと云うことであり一方が優れて行けば必ず何かが欠けて行ってトータル的には人間は全て平等だと云うことであります。知識人は非知識人の搾取の上に成り立っているものであります。そして何より云いたい事は知識などあった所で何にもならず、その人が良い人かどうかと云う事とは全く別の問題であります。私の見る限りではまず知識人とは悪い人間が多いと見て間違いはなさそうです。知識があって悪い人間とほど始末の悪いものはないのであって、知識の多い等という事は人間にとって、それほどの価値は無いし、これほど当てにならないものも無いと思います。