共同世界に向かう以外にない

 

 人間は結局一人で行くしかないものであると思います。これは精神的にも肉体的にもその通りであると思います。

 しかし、人間の生きる状態(=社会)を考えて見ると原始の状態であるかどうであるかは別にして、全くの自由状態に人間を置くことはもはや不可能なことだと思います。人間が他の動物のあの自由状態に戻れる(=成れる)とは思われません。考えるという事は、もはやその考える行為そのものが人類にとって致命傷であったとしても、考える行為を止めることは出来ないと思います。このことは人類の歴史を見ればわかります。

 ならば人類の社会は共同世界の管理社会に向かう以外にないものと思われます。もちろんこの管理社会なるものがいかにあるべきかは私の最も重要視する思想の一つであるので、十分に具体的にして行きます。

 共同世界の管理社会に個人の自由性をどこまでどのように含めるか。含められるかは大きな問題であります。

 個人の自由制を全て含めることが共同世界の管理社会に可能であるかも以後の章で具体的に考察して行こうと思っています。